Mar.23,2012

プロフィール「私がパン講師になったきっかけは…」
後半はこちら…

 

こんにちは、

『 小さなお店の開業プロデューサー 』の田中りさです。

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平凡な日常
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世間はバブル全盛期。
実は私、『料理とは全く無縁の証券会社で働いてました~』。
パン屋さんを見つけると必ずお店に入ってしまう、大のパン好き。
フランスパンやカンパーニュ、ハード系はあまり興味がなくて
やわらかいパン、総菜パン、パン・オ・ショコラのようなデニッシュばかり選んでました。

その後、結婚を期に退職。
二人の子供にも恵まれお友達も沢山。お天気が悪く公園に行けない日は、親子で持ち寄りランチ会をよくしていました。

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新しい挑戦
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ある時、年上のママさんがふわふわの食パンを焼いてきてくれたんです。
それも、ホームベーカリーで簡単に焼けると聞いてびっくり!
「りさちゃんも買えば~」といわれて、即購入。
それからは、週末の朝はパン!
子供達の友達が遊びに来るといえばおやつにパン!
子供達が幼稚園に行ってる時に、我が家でママ友とピザパーティー♪
ホームベーカリー様サマって感じでフル稼働でしたね。

それから数年後、新聞の折り込みに「ABCクッキングスタジオ」のチラシを見つけました。
早速、娘と体験レッスンを受講。もちろん入会!
手作りパンが沢山焼ける嬉しさと喜びで、なんと一年でマスタークラスまで終了してしまいました。

オプションのリッシュクラブは多少残っていたものの、
「その後どうするか?」なんて全く考えていなかったある日
スタジオの統括さんから
「田中さん、ライセンスまで取得してるけど、このあとどうするの? 教室始めるの?」と、聞かれ
「え? まだ何も考えてないし、いきなり教室なんてムリです、、。」
「それならABCの講師やらない?」
「え、えー? パン講師は一番倍率が高いからムリです。さっきレッスンご一緒だった方が、お友達と3人と面接受けて、2人落ちた~といってましたし、、。」
「逆にどんどん落ちてるなら、全然恥ずかしくないじゃない。とにかく最短の面接エントリーしてね!」と、よくわからない励ましを受け、面接をエントリーをすることになってしまいました。

数週間後、二子玉川スタジオでのグループ面接。参加者は25名以上いたように思います。
一次を無事通過。二週間後の二次試験(実技、筆記、面談)をひかえ、とにかく楽しく試験に望めるよう準備していました。
運よく二次も合格! それから3週間後、玉川高島屋S・Cスタジオ パン講師としてデビューすることになります。

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最大の試練
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いよいよ講師初日。二子玉川駅のキヨスクで栄養ドリンクを買い、腰に手を当て(笑)一気飲み! 気合を入れてスタジオへ向かった時の気持ちは今でもハッキリと覚えています。
担当する15時からのレッスンは、3コマともMAXの5名。緊張とプレッシャーでドキドキでしたが、不思議と頭が真っ白になることはなく、「講師って楽しいー!!天職だー!」と感じた瞬間でもありました。

 

当時の講師は、1レッスン2000円のAランク。準備時間、レッスン後の後片付け、材料補充(粉、バター切りなど)は無給。もちろん交通費もナシ。MAX5名で別途+500円としても新人講師はほとんどボランティア。
3ヶ月の集計で、シフト、予約共に多い講師は200円ずつランクアップ。といっても最高は2800円止まり。
講師の立場としては個人事業主なので、場所代、材料費、レシピ、集客、、、etc。
それをABCがやってくれると思えば、レッスンの合間に休憩もなく、水分補給もトイレ行けない。
過酷な条件<ABCラブ♡
それでも続けられたのは、沢山の生徒さんが予約をしてくれたから。
焼き上がったパンを嬉しそうに見ている姿を見るのが、私自信なにより幸せだったからだと思います。

 

毎月開講されている講師の勉強会も必ず参加していました。
2コマ10種類学んで6時間。
2回ずつ確認したいと思ったら、エントリーして6日間かかります。
それも、いろんな時間帯、いろんなスタジオ。
町田、横浜、新宿、大宮、川崎、、、が多かったですね。
その甲斐があったかどうかかわかりませんが、ありがたいことに予約で悩んだことはなく、スタジオ内での人気投票で「パン講師1位」をいただいた時は本当に嬉しかったです。
が、そんな喜びも束の間、「手作りの大切さ・優しさ」を伝えてる職場で、まさかいじめにあうとは思ってもいませんでした。

 

ほぼ同時期にパン講師になられた方は数名いらっしゃって、切磋宅間するいい関係だと信じていた私は、「先生~先生~」と、わからないことをガンガンメールしてくる年下の彼女に、丁寧に返信していました。ここまではよかったのですが、ある日統括からシフトを増やして欲しいといわれ彼女と同じ土曜シフトの日を増やすことに。
予約は指名制とシビアなABC。こっちのテーブルはMAX、あっちは数名ということが現実起こります。というより多々あります。
シフトが一緒になったことを最初は喜んでくれていた彼女も、ある時から豹変。
全く挨拶しない、目を合わさない、徹底的な「無視」が始まりました。
最初はその行為が理解できず、「何か気に障ることをしてしまったのか?」と悩みました。
それでも理由を聞くことができず、私からの挨拶だけはし続けました。

 

当時、シフトが重なるパン講師は私を入れて3名。
レッスン後に道具を煮沸するんですが、以前は手の空いている先生がまとめてやっていたのに、
私が気が付きにくい遠くのテーブルでやり始めるんです。
だから、ひとりで自分の分だけ煮沸していました。
もう一人の先生は、煮沸してもらってる側だからその中に私の道具が入っていなかったなんて全く気が付いてなかったみたい。何か変だと思っていたかもしれないけど、さらっとしている彼女だったからマイペースで仕事していましたね。それはそれで気が楽だった。

 

そんな違和感に気が付いてかどうかはわからないけど、
お菓子の先生や料理の先生が声をかけてくれて、一緒に楽しく煮沸するようになりました。
今でもパワー溢れるその先生達とは交流があって、仲良くしてもらっています♪

 

それから数か月後、その先生は他のスタジオに異動することになり、私もストレスから開放。
異動先のスタジオの雰囲気が悪くなったと風のたよりで聞きましたが、、その後はわかりません。

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